2020年1月27日 UP
教養

期待される、日本発の『公益資本主義』

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「公益資本主義」を提唱する原丈人(はらじょうじ)氏は、米国でベンチャー企業育成に携わる中で「会社は株主のもの」という資本主義の在り方が企業の発展を妨げ、格差社会を生み出していることを痛感し「新しい資本主義」(PHP新書/2009年4月)を刊行しました。
著書出版から10年が経過し、サステイナブルな社会実現が急務となった昨今では「公益資本主義」の必要性が随所で叫ばれています。

本記事は、原丈人氏のパートナーであり、SKグローバルアドバイザーズ株式会社代表取締役の神永晉(かみながすすむ)氏の講演内容を元に作成し、「公益資本主義」の概要や必要性をお伝えすることを目的に公開いたします。
皆さまにとって、「公益資本主義」を学ぶきっかけとなれば幸いです。

 

すべての社中に等しく貢献する「公益資本主義」

公益資本主義は、アライアンス・フォーラム財団 代表理事の原丈人氏が提唱する本来のあるべき資本主義の指標であり、社員・顧客・仕入先・地域社会・地球といったすべての社中(しゃちゅう)に貢献することで企業価値が上がり、その結果として株主にも利益がもたらされると考えています。「企業は株主のもの」という誤った認識を正し、企業は事業を通じて社会に貢献するもの、つまりは「社会の公器」であることを強調しています。

公益資本主義の実現には、下記3つの要素が必要だと考えられています。
①企業の持続可能性
②分配の公平性
③事業の改良改善性
これらが整備されることによって、企業の社会貢献の形を見える化し、ROE(自己資本利益率)に代わる新しい企業価値を定義することが可能となるのです。

 

株主資本主義は多くの社会問題を生んでいる

今なぜ「公益資本主義」という考え方が生まれ、広く啓蒙されているのか。それは現代の「株主資本主義」が多くの社会問題を生んでいるからに他なりません。株主資本主義では株主価値の最大化を第一優先とした結果、従業員の労働力を搾取し、貧困と激しい格差社会を生みました。
例えばアメリカン航空では、破綻を防ぐために客室乗務員(=従業員)が340億円の報酬削減に賛同しました。その一方で経営陣は200億円を超える株式ボーナスを受け取っており、結局は従業員の給料が経営陣へ流れているだけではないか、との不満が爆発しました。

英銀大手のバークレイズでは1万2千人の人員削減を実施しましたが、その一方で投資銀行部門のボーナス支払い増額が前年比で13%増加しました。このように従業員への還元が減少する一方で株主への還元が大幅に増加し、その結果として社会全体の格差が広がっています。現在ではアメリカ人の上位8名の総資産が、世界の下位36億人の資産と同様であるとも言われています。

格差社会は様々な社会問題を引き起こします。顕著な例は紛争でしょう。貧困にあえぐ人々は武力行使に走りやすくなります。健全な中間層の不在により、富が二極化することで今後も紛争が多発することが考えられます。さらには民主主義の機能不全・実体経済の虚業化などにより、未来社会に必要なサステイナブルな経済の構築が阻害されているのが実情です。
このような現状を打破するべく「公益資本主義」の考え方は誕生しました。

 

©James Davies, Rodrigo Lluberas and Anthony Shorrocks, Credit Suisse Global Wealth Databook 2016

 

中長期的な研究開発投資の奨励、四半期決算の開示義務廃止が必須

公益資本主義を推進するアライアンス・フォーラムでは、在り方の啓蒙だけでなく、実際に企業を「社会の公器」にするための具体的な制度を提案しています。
下記の項目は、公益資本主義を実現するために必要不可欠な内容として2013年に提案されました。

1. 法律上で、会社の公器性と経営者の責任を明確にする。
2. 中長期の株主を優遇できる制度をつくる。
3. ゼロサムマネーゲームのプレーヤーのための極端な規制緩和は、単に投機家を利するだけに過ぎないので改める。
4. 公益資本主義原理を軸にして、GDP,GNIを補完する経済指標を作る。
5. 中長期的な研究開発投資を可能とする枠組みをつくる。

特に5番の「中長期的な研究開発投資を可能とする枠組みづくり」は最も重要であると考えられています。株主資本主義では四半期決算の数値目標達成のために、すぐに結果につながらない中長期的な研究開発が見送られるケースが多々ありました。しかし、イノベーションこそが人々に豊かな生活をもたらす源泉であり、中長期的な研究開発なしにイノベーションは生まれないとして、四半期決算の開示義務の廃止を提案しています。
また、四半期決算の開示義務廃止は、中長期的な研究開発の奨励以外にも具体的なメリットがあります。労働時間と人件費を削減です。アライアンス・フォーラムでは、具体的な数値を計算し、四半期決算の開示義務を廃止した場合、上場企業約3,600社で換算すると約17億時間の労働時間を削減。人件費は7兆円削減することができると発表しています。

 

期待される、日本発の公益資本主義

10年以上の活動を経て「公益資本主義」の考え方は浸透されつつあります。その要因として「中長期的な視点」や「公平性を重視する視点」は本来日本の土壌として根付いているものだから、という意見があります。
例えば、近江商人による「三方よし」=「売り手よし、買い手よし、世間よし」や松下幸之助が伝えた「企業は社会の公器」という言葉からは、日本人が株主満足よりも社会貢献を重要視することで事業を継続してきた系譜が読み取れます。神永氏が所属していた住友グループでも、初代住友政友(すみともまさとも)の事業精神『自利利他公私一助』を400年以上大事な指標として掲げてきました。
つまり、公益資本主義は日本文化に即した考え方とも言えます。数百年前から企業の公器制を伝えてきた日本発の公益資本主義がこれからどのように発展していくのか。世界がその行方に注目しています。

 

 

(文責:VALMEDIAライター 遠藤あずさ)

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