2018年7月30日 UP
マネジメント

会社を存続させたのは「社員を守りたい」「大好きな会社を続けたい」という自然な気持ち

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みなさん、こんにちは。
4月より開始したコンテンツ「次世代リーダーへ贈る、100年経営のすすめ」、今回は100年超企業当主のインタビューをお送りします。「100年企業」と一口に言うのは簡単ですが、「100年企業」一社一社には現代に至るまでの様々なストーリーがあり、各社とも山や谷を乗り越え100年という節目を迎えています。本コンテンツでは、日本に3万5千社以上あるという「100年企業」それぞれのストーリーをお伝えすることで、『100年続く普遍的な要因』を見出し、その学びを少しでも実務に生かしていただきたい、という思いで配信いたします。
今回は第四弾として、福岡県博多の100年企業「東雲堂」のインタビュー記事を掲載いたします。

 

100年超企業当主インタビュー その4
~創業112年東雲堂 6代目当主 髙木雄三 氏〜

博多の代表的なお菓子である「にわかせんぺい」。伝統芸能である“博多仁和加”のにわか面をモチーフにした特徴的な焼きせんべいです。福岡の人であれば、喧嘩後に「にわかせんぺい」をもって「ごめーん」と謝りにいくCMを見たことがあるのではないでしょうか。その「にわかせんぺい」を代々製造しているのが、創業112年をむかえる「東雲堂」です。本インタビューでは、東雲堂の事業承継と長寿要因について6代目当主にお話を伺いました。

 
 

“にわかせんぺい”で勝負するという決意

――本日はよろしくお願いいたします。ホームページのトップ画像が“マジンガーZ”になっていますが、「にわかせんぺい」は色々なアニメとコラボレーションをされているのですね。

髙木(以下、敬称略):
はい、ありがたいことに「にわかせんぺい」とコラボレーションしたいというご依頼をよく頂きます。有名どころだと「ワンピース」や「リラックマ」「妖怪ウォッチ」など、他にも多くのコラボ商品を手がけてきました。
ご依頼を頂けるのは、やはり当社が老舗企業であるからだと思います。また「にわかせんぺい」は“博多のお菓子”として親しまれているので、博多らしさをアピールしたいという理由でコラボを希望される方が多いですね。

 

 

――「にわかせんぺい」はとても特徴的なせんべいだと思いますが、どのような経緯で作られたのでしょうか?

髙木:
「にわかせんぺい」が作られたのは、明治39年。今から100年以上前の話です。初代 髙木喜七が“博多仁和加”が大好きで“にわか面”のせんべいを作ったと聞いています。博多仁和加は博多の伝統芸能として、江戸以降博多の街で大流行していたそうです。

 

――初代はせんべいを作ってしまうほど、博多仁和加が大好きだったのですね。東雲堂は、「にわかせんぺい」一本で商売をされていらっしゃるのですか?

髙木:
実は4代目の父の代で色々な商品開発をしています。ケーキやどら焼き、饅頭などのお菓子を製造したこともあったのですが、やっぱりお客様は「にわかせんぺい」を買っていくんですね。結局「にわかせんぺい」以外のお菓子は全く売れず、やっぱり東雲堂は「にわかせんぺい」でいこう、ということになりました。

 
 

先代の急逝後、事業を続けたのは「社員のため」

――お父様の代でいろいろチャレンジした結果、「にわかせんぺい」こそ東雲堂最大の武器であると気づかれたのですね。ところで、社長は現在6代目ですが、5代目はどなたが経営権を持っていたのでしょうか?

髙木:
5代目は私の母です。4代目である父は、私が24歳のときに急逝しています。私には兄と弟がいるのですが、当時兄も私もまだ社会人になったばかりで、当然東雲堂の事業には関わっていませんでした。そのため東雲堂を存続させるのかどうかを含めて家族で悩みました。ただ実際には今後のことを悩んでいる余裕はなく、目の前の仕事をこなしていくのに必死でした。大学生の弟を卒業させなければならないし、とにかくまずは頑張ろうという気持ちで事業を続けることを選択しました。そのときは「90年続いたのれんを守る」ということはあまり考えていなかったと思います。
母は、父と一緒に東雲堂で働いていたこともあり、会社のことはある程度分かっていましたので、5代目に就任し東雲堂を引っ張っていくことを決意しました。当時の部長が社内のことをしっかり見ていてくれたので、母とも協力しながらうまく事業を引き継ぐことができたのは、本当にありがたかったです。
このような経緯があるため、特別に家訓というものは引き継いでおらず、家訓があるのかもどうかもよくわからないのが現状です。実は3代目の祖父も父が24歳のときに亡くなっているので、父自身も祖父から受け継ぐ時間がなかったのです。

 

――お父様が亡くなられたときに、お店を畳むかどうかを悩んだ結果、お母様が続けようと思われた一番の理由は何だったのでしょうか。

髙木:
“社員がいたから”という理由が大きいと思います。東雲堂はパートを含めて社員は現在31名ですが、それでも社員を路頭に迷わせてはならないという気持ちが一番大きかったと思います。

 
 

母から教えられた「身の丈経営」と「おかげさまの心」

――お母様は本当に社員のみなさんのことを大切に思っておられたのですね。

髙木:
現在、母は会長職に就いていますが、いつも「おかげさま」と言います。社員のおかげさま。お客様のおかげさまと。社員のことは本当に大切にしていて、社員全員の誕生日をしっかりカレンダーに書いて、誰かの誕生日になるといつもプレゼントを買ってきてお祝いをしています。母の心くばりには本当に助けられています。
事業はなるべく広げないように、コンパクトにしたほうが良いともよく言われていますね。手を広げすぎず、本業のせんべいさえ作っていればそうそう潰れることはないからねと。

 

――広げすぎないというのは、まさに長寿要因の6つの定石の一つ「身の丈経営」に当てはまりますね。

髙木:
母は「身の丈にあったことをしなさい」とはいつも言っています。
ただ、そうするとモチベーションの持っていき方が難しいですよね。社長としては社員の給料を上げることも大事だと考えているで、拡大をせずにどうやって給料を上げたらいいのだろうか?と悩んでしまいます。“今のまま維持していく”というのは存外難しいことです。この相反する課題を解決していくのが社長の役割なのでしょうね。
 あとは、事業を承継するにあたっては一人にしか継がせない、と言われていました。なので、私は兄と家業に戻ることについてよく話していました。

 

 

「会社が好き」という自然な気持ちがスムーズな事業承継につながる

――兄弟で誰が後継者になるかを話し合っていたということですか?

髙木:
そうです。兄と初めてしっかりと話し合ったのは、大学の卒業旅行のときでしたね。2人で旅行に行ったんですよ。兄は私の一つ歳上で、大学院へ進学していたので、私の卒業時はまだ学生でした。私は就職が決まっていたので「兄貴はどうすると?兄貴に東雲堂を継ぐ気持ちがあるなら、俺はもう東京から帰ってこないけど」と伝えると、兄は「今のところそういう予定はない」と言いました。なので「もしかすると(一番下の)弟がやりたいと言うかもしれんから、もう少し待ってみよう」ということで兄との話はまとまりました。私もやりたい人がやるのが良いと考えていましたし、もしやりたい人がいなかったとしても、父が60歳になるまでにはまだ時間がありました。その間にもう一度考えればいいねと兄と話していたんです。まさか父が52歳で亡くなるとは思っていなかったですからね。

 

――6代目として戻って来てほしいと言われたときに迷いはなかったのですか?

髙木:
迷いはなかったですね。その時は「にわかせんぺい」をなくしちゃいけないなと純粋に思っていました。なんだかんだ会社のことが好きだったのだと思います。

 

――まだ代表になられたばかりではありますが、次の代のことは考えていますか?

髙木:
私の子どもはまだ5歳なので具体的には考えていないですが、子どもがやってくれるのが一番嬉しいなとは思っています。だから今は、なにかにつけて「にわかせんぺい」を渡して食べさせていますよ(笑)。 催事を行うときには一緒に連れて行って店頭で「いらっしゃいませ」と言わせています。リアルおままごとですね。

 

――小さい頃からの印象づけはかなり重要です。お子さんにも「会社が好き」という気持ちを育んでもらえると良いですね。それでは、最後に今後の抱負についてお伺いできますでしょうか。

髙木:
やはり、私たちは「にわかせんぺい」で勝負していくしかないと思っています。福岡には様々なお菓子があり、外からも多様なお菓子が参入してきているので、状況は厳しいです。だからこそ「にわかせんぺい」のファンであるお客様を大切にしたいと思っています。
現在、毎年季節ごとに焼印の表情を変えているのですが「東雲堂さん、今年はこれ出したね。来年は何出すじゃろうか?」と多くの人に楽しんでもらって、その変化が定番化していけばいいなと思っています。
地道ではありますが、「にわかせんぺい」の歴史を守ることが一番重要だと考えています。

 

――ありがとうございました!私たちも「にわかせんぺい」の焼印の変化を楽しみにしております!

 
 

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<編集後記>
福岡博多『東雲堂』当主のインタビュー記事はいかがでしたでしょうか。
実際にお話をお伺いする中で、兄弟間で自然と「誰が会社に入るか?」という話し合いをされたというお話がとても印象的でした。兄弟三人の内一人しか会社に入れないわけですから、“それは兄弟で決めるもの”だと当たり前のように理解していたと当主は話していました。
また、一度は博多を離れた当主ですが、緊急時に「戻ってきて欲しい」と言われた際、やはり「会社が好き。にわかせんぺいが好き。なくしてはいけない!」と感じたというのは、100年超企業の本質だと感じました。「続けたい」という強い意志があるからこそ、100年超企業になり得るのだと改めて学ばせていただきました。
東雲堂6代目当主 高木雄三さん、今回はご協力いただきましてありがとうございました!
(文責:VALMEDIA編集部ライター 遠藤あずさ)

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