2018年5月7日 UP
マネジメント

次世代リーダーへ贈る、100年経営のすすめ②

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みなさん、こんにちは。
4月より開始した新コンテンツ「次世代リーダーへ贈る、100年経営のすすめ」、今回は100年超企業当主のインタビューをお送りします。「100年企業」と一口に言うのは簡単ですが、「100年企業」一社一社には現代に至るまでの様々なストーリーがあり、各社とも山や谷を乗り越え100年という節目を迎えています。本コンテンツでは、日本に3万5千社以上あるという「100年企業」それぞれのストーリーをお伝えすることで、『100年続く普遍的な要因』を見出し、その学びを少しでも実務に生かしていただきたい、という思いで配信いたします。
第一弾として、徳島県の100年企業「日乃出本店」のインタビュー記事を掲載いたします。

 

100年超企業当主インタビュー その1
~日乃出本店4代目当主、西川弘祐 氏~

徳島県民みんなに愛され、観光客の土産物としても名高い和菓子「ぶどう饅頭」。100年の歴史を誇る銘菓です。製造元は和菓子屋「日乃出本店」。
本インタビューでは、徳島発の和菓子を守り・広めていく、日乃出本店4代目社長の西川弘祐さんに、100年続く長寿要因を伺いました。

 

初代、2代目、3代目がつないでくれたたすきの重さは想像以上

創業103年 日乃出本店
4代目 西川弘祐 氏

――本日はよろしくお願いいたします。西川社長は創業100年の節目に代表取締役へ就任されたのですよね?実際に代表へ就任してみての感想はいかがでしょうか?

西川(以下、敬称略):
はい、1914年4月創業の当社は、現在創業103年。3年前にちょうど100周年を迎え、その節目で私は父から代表権を譲り受けました。
内心、創業100年の会社を継ぐということに対しては、それほど意識はしていなかったですし、軽く捉えているところがありましたが、100年のたすきは想像以上に重たいものですね。この重みは実際に背負ってみないとわかりませんでした。代表就任後の3年は本当にあっという間で、悪戦苦闘の毎日を送っていましたが、老舗のたすきを継いだからには、日乃出本店を150年・200年続く企業にするため、今しっかり頑張らないといけないと感じています。

 

――因みに、西川社長が日乃出本店を継ごうと決めたのは、いつ頃だったのでしょうか?

西川:
実際のところ、私の両親は「家業を継ぎなさい」ということを言ってきたことはありません。そのため、高校生までは全く意識をしていませんでした。日乃出本店を継ごうと決めたのは大学に入ってからです。大学2~3年生の頃、就職を考え出す時期になって、私自身も真剣に将来のことを考えました。選択肢はいくつもあったのですが、最終的に私の頭に浮かんだのは楽しそうに仕事をしている両親の姿だったのです。私は小さい頃から笑顔で働く両親をみていて、純粋な憧れを抱いていました。そして何よりもお菓子の持つ魅力をよく知っていました。そこで、私も会社に戻ろうと決意したのです。
大学卒業後は、父もお世話になった同業である、滋賀県の「叶 匠壽庵」に入社し、将来和菓子屋を継ぐにあたって必要なことを沢山学ばせていただきました。そして、4年間の修行ののち日乃出本店へ専務として入社をいたしました。

 

お菓子作りという仕事を通して、喜びと笑顔を提供する

――ご両親の働く姿勢こそが「継ごう」と決めた要因だったのですね。
はじめは同業他社で修行を積んだということですが、西川社長は「日乃出本店」の特徴は何だとお考えですか?

西川:
曾祖父にあたる創業者は、今で言う“コト売り”をしていた人でした。お菓子を通して、多くのお客様に喜びや笑顔、土産話を売っていたのです。その精神は今でも企業理念として大切に受け継がれ、また商品にもその精神が詰まっています。当社の銘菓である「ぶどう饅頭」の封を開けるとそこには当社お手製の“お札”(=日乃出幸運券)が入っています。これは創業者のアイデアで、ぶどう饅頭というお菓子を通して“お客様を笑顔にしたい”という想いから生まれたと聞いています。
ただお菓子を作って売る“モノ売り”ではなく、お菓子を通してお客様に笑顔を届ける“コト売り”をしている、という点が日乃出本店の特徴だと感じています。

また、“あんこ”へのこだわりも大きな特徴です。日乃出本店では、和菓子屋である以上“あんこ”を大切にしたいという思いが強く、創業以来すべての商品に“完全自家製餡”を使用しています。和菓子市場には「あんこ屋さん」というのがあり、多くの和菓子屋さんは、その「あんこ屋さん」から“生あん”を購入し、砂糖を足して自家製餡を作っているのですが、日乃出本店では、豆からあんこをつくる過程も自前の工場で行っており、“完全自家製の餡”を作ることにはこだわっています。工場の中の製餡所では、あんこをつくり続けて30年という職人さん達が、今でもあんこを作ってくれています。

 
 

“ぶどう饅頭”という資産を守り伝えてきたことが長寿要因

――創業者精神を100年以上も大切にしてきたその“在り方”こそが、地元に多くのファンを生んだのかもしれませんね。
それでは、本インタビューの本題でもある「日乃出本店が100年続いた要因」について教えていただけますでしょうか。

西川:
これはあくまで私の考えですが、なぜ100年続けることができたのか、要因は二つあるかなと思います。
一つは、創業者が“ぶどう饅頭”という資産を作り、残してくれたことです。創業者は亡くなる前、祖母に「わしはお金は残してやれんかったけど、“ぶどう饅頭”というものを残したけんな」と言ったそうです。ぶどう饅頭とは日乃出本店そのものであり、阿波の名物というブランドを確立しています。創業者は、目には見えない大事な資産を創って残してくれたのです。

もう一つの長寿要因は、“手を拡げすぎずに守った”ことだと思います。ぶどう饅頭は“阿波の名物”なので、基本的に県外へは出しませんでした。限られた地域社会の中で、地域の皆様に愛され続けることが重要だと考えていたのです。しかし、ただ同じように守り続けてきたというわけではありません。2代目は創業者が創った見えない資産を活用し、キヨスクなど直営店以外に販路を拡大することで売上を伸ばしました。3代目は、日乃出本店のグループ会社である「茜庵」を創業し、穴吹の外へお菓子を拡げる活動を始めました。つまり、それぞれの代が役割を担い、ステップアップしていった結果、今があるのだと私は考えています。

 
 

あんこを食べる文化を伝えていきたい

――ただ守り続けるだけでなく、チャレンジする姿勢があったからこそ、企業が成長し続けたのですね。その中で、日乃出本店が大事にしている企業理念について教えていただけますでしょうか。

西川:
当社の理念は、「お菓子作りという仕事を通して、喜びと笑顔を提供します」「美しい日本の伝統と文化を守り伝えていきます」「安心して楽しく働ける会社作りを目指します」という3文から構成されています。イメージは、近江商人の「三方よし」です。

前述したように日乃出本店では、餡に強いこだわりがありますので、理念の2つめにある“日本の伝統と文化”として「あんこを食べる文化を伝えていきたい」と思っています。その思いを実行に移すべく、私達は8年前から月に一度“朝茶会”を開催しています。オープン前1時間、菓子とお茶を無料で振る舞うという会です。近くに高校が2校あり、高校生が多く参加してくれ、毎回150名前後の方が菓子を楽しんでいきます。あんこが大好きな若者が増え、地元に愛着をもってくれれば良いなと思っています。

 
 

第二創業期である現在、永続に向けてさらなる拡大へ挑戦する

――和菓子、あんこを通して社会に貢献したいという強い思いが伝わってきますね。
それでは、最後に西川社長の、ひいては日乃出本店の今後のビジョンをお伺いできますでしょうか。

西川:
今後は、グループ会社である「茜庵」と協業して、徳島を越え、関西・関東の方への展開にも力を入れていこうと考えています。日乃出本店には“完全自家製餡”という強みがありますので、製造面へは更に力を入れ、徳島で作られた美味しい和菓子を拡げていきたいです。とは言っても、日乃出本店は穴吹の和菓子屋であることを第一と考えています。現在は私達の地域でもインバウンドが盛んになってきていますので、地域の他業種とも一体化し、この穴吹の地から日本文化の魅力を伝えていくことにも力を注いでいきたいです。

 

――日乃出本店のさらなる発展をたのしみにしております。
西川社長、ありがとうございました!

 


徳島県の100年企業「日乃出本店」のインタビュー、いかがでしたでしょうか?
100年を超える間、大切に大切に受け継がれてきた“コト売り”が特に印象的でした。
徳島へお越しの際は是非足を運んでみてください。
 
VALCREATIONは、“日本的経営を世界標準に”をVISIONに掲げる、一般社団法人100年経営研究機構
の様々な活動をプロデュースしています。
100年経営研究機構では、定期的に研究会や視察会などの活動を行い、経営者や経営実務者が100年経営について
学ぶ機会を提供しています。
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by Valmedia編集部